丸海の歴史  

若狭小浜港が鯖また鯖で沸きかえる昭和23年春に、丸海は誕生しました。
食料品の統制時代下で、当初は、加工組合としてスタート。
創業者上野 清と魚屋街の同志、また漁業組合等の有志による経営参画、出資により
産声を上げました。
社屋は、創業者の父清吉(旧魚商上野屋)が持っていた大倉庫を使い、鯖加工を中心
に始めました。

和と団結を重んじた創業者上野 清は、組合員社員の一致団結を標榜して、○を使い
海の幸を業とする意味に、読みやすさを加えて「丸海」としたそうです。
丸海は、日本に1つしかないだろうと思っていたら全国に5万と有り、がっかりするも各地
のは、兄弟の風にて取引が円満に進んだ事もあった、と後日語っています。
ちなみに、水産会社には、丸水(マルスイ)・丸浜(マルハマ)・丸魚(マルウオ)などのマー
クが多くみられます。

上野 清は、大正3年小浜出身。
父の営む魚商を見、手伝いながら成長、水産学校を卒業し大阪の食品会社へ就職するも
戦々拡大の時期、応召につぐ応召で青年時代を兵役に勤めました。
戦後、帰郷し弊社を創業。豪放にして繊細、剛柔、合わせもつ気性と商才で、事業を発展
させました。
後に、商工会議所会頭等歴任し、勲四等瑞宝賞受賞の栄を賜りました。




丸海のイメージカラー・・・赤(陽赤)・青(海青[マリンブルー])

赤…太陽のシンボルとし、社風の活気、情熱、陽気を表します

青…海のシンボルとし、水産、新鮮、雄大、冷静といった意味を想定し、又、晴れた日の
空の色の明るさもイメージしています

社有車のイメージカラー・・・特有の尻上がり濃淡二本の青線を入れています

本社と魚市場等、グループが将来いろいろ出て来ても、又、社内的には、各営業部、営
業所などがそれぞれお互いに連帯感と絆を持ちながら協調し、あるいは又相互に研鑚し
琢磨しながら、絶ゆる事なく平行して発展していく様をイメージしています。


当社のシンボルとして、主力商品小鯛ささ漬にちなんで、鯛の絵が誕生しました。
現在の上野清治社長と交友の深い、魚谷清兵衛氏の案とその朋友である、洋画家
深澤孝哉氏の作によるもので、筆の勢いは魚の絵の中でも傑出作と言われています。
大鯛の絵は古今多く有りますが、小鯛の絵は大変難しいとされています。
深澤先生の作品は弊社小浜本店に笏刻で「涛中花」が掲げられています。

荒い波の中に咲いた可憐な花というイメージがあり、店に並んでいる商品全てが、海の
中で育まれた大切な宝物だということを表しています。
この作品は、洋画家、深澤孝哉氏の作によるもので、店にお越し頂いた時にひらめいた
言葉だったそうです。古い船の材を基にして作られた力強い笏刻です。深澤先生は、弊
社オリジナル鯛マーク作成にも携わられました。